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THIRD DAY

 灰色の空が広がっていました。
「また曇りか…」
山は見えていましたから、天気は昨日のように快復するのかもしれません。シャワーを浴びてから、地下のレストラン(食堂に近いものがありますが…昨夜はここで夕食も取りました。)で朝食を取り、荷物をまとめてAM8:45頃チェック・アウト。ロケーションも良く、家族経営で素朴なサービスのホテルでした。

 車に荷物を積み込みホテルを出発しましたが、走り始めてすぐ、シャモニの街を抜けてすぐにトイレに行きたくなりました。荷物を積み込む時のひんやりした朝の空気のせいで体が冷えたのでしょうか?とにかく、レ・プラの国鉄駅に行ってみる事にしました。しかし、ここは無人駅でトイレは無く、私は仕方なく車を近くのラ・フレジェール行のロープ・ウェイ駅の前にまわしましたが、ここにもトイレはありません。オフ・シーズンの為に閉まっていたからです。結局、シャモニの国鉄駅まで戻る事にしました。
 しかし、また意外なことに、シャモニ駅にもトイレはありませんでした。私はモンタンヴェール登山鉄道駅にトイレがあるのを思い出し、
「ある時に用を足しておこう。」
と言う父と共にシャモニ駅前の駐車場から陸橋を渡り、登山鉄道駅まで行って用を足しました。やっぱり父の言う通り、トイレはある時に行っておくべきですね。かなり時間をロスしてしまいました。

 あらためて、スイスに向けて出発。
 レ・プラを過ぎて、右手にモンブラン・エクスプレスの線路を見ながら、ゆっくりとしたなだらかな上り道「N506」を走ります。牧草地や針葉樹の森を走り抜け、10分ほどするとグラン・モンテ展望台行のロープ・ウェイ駅のあるアルジャンチエールに入ります。アルジャンチエールは、こぢんまりとしたかわいい小さなリゾート街で、通り抜けるのに1分とはかかりませんでした。

 アルジャンチエールを過ぎて、しばらくするとすぐに坂がきつくなりヘアピンカーブが現れました。2つ、3つ、ぐるぐるとヘアピンカーブを回り、上り坂が下りになるのが見えました。
「あっ!峠や!」
そうです、もうすでにフランスのシャモニ、スイスのマルティニ間にある二つの峠のひとつ目の頂上に着いていたのでした。
「コル・デ・モンテ(1461m)」
雪の残った峠の頂上には、峠を示す看板と寂れた小屋がぽつんとあるだけでした。車を降り(私だけ)、何枚か写真を撮ったのですが、かなり寒かったです。薄着だったせいもあるのでしょうが、今にも雪が降ってきそうな空は、余計に寒さを感じさせました。

 ここから先は下りです(当たり前ですが)。ここは、たいした峠ではなく、ヘアピンカーブもそんなに多くはありません。頂上から約10分ほどで国境の小さな街「ル・シャトラール」の検問所に到着しました。今度はきっちり銃を持った若い兵士(に見えました。国境警備隊でしょうか?)が出てきて
「パスポートを拝見。」
「OK。」
私は彼にパスポートを渡し、両親にもパスポートを出すように言いました。
「きょうはどちらまで?」
「…ツェルマット。」
私はとっさにそう答えましたが、きょうの目的地はチナールでした。何となくそう言った方が良いような気がしたのです。
 しかし、もともとの私たちの計画では、きょうはマッターホルンの南にあるリゾート、イタリアのブルイユ・チェルビニアに行く予定だったのですが、モンブラン・トンネルが封鎖されているので、断念しました。もし行くのなら、このままスイス、マルティニまで行き、そこからその南にあるグラン・サン・ベルナール峠を越えて行かねばならず、かなり時間がかかる上に、この天気ではマッターホルン南面は拝めないかも知れません。それで、以前から行ってみたかったチナールに行く事にしたのです。
「全員、日本人?」
もたもたして、なかなかパスポートを出せないでいる両親を後目に、若い兵士は聞きました。
「はい。」
「OK、もうパスポートは見せなくて結構です。じゃ、お気をつけて。」
「Thank you.」
パスポートを受け取り、私は車を発進させました。今回の旅の国境越えはこれで最後でしたが、以前のようなパプニングは何もありませんでした。

 スイス、ヴァレー(ドイツ語でヴァリス)州に入りました。しばらく森の中を走り、左手に谷を見ながらゆっくりとした山の斜面を登っていきます。この辺りにはフランス側とはうって変わって険しい山は見当たりません。曇りのために見えないのかも知れませんが…。

 大きく右、左とコーナーを走り、国境から10分もたたない大きな右カーヴを曲がった所に、もうひとつの峠の頂上がありました。
「Col de la Forclaz (1527m)」(なんて読むんでしょうか、「コル・ド・ラ・フォルクラ」かな?)
 道路の左側にレストラン、右側に小さなお土産物屋さんがありました。

 私たちは、バス停にもなっているお土産物屋さんの前に車を停め、その店に入ってみました。シャモニには無かったスイスの国旗のついた小物が所狭しと並んでいます。私は、こういうお土産物屋さんが大好きです。
「何かいい物は無いかな…。」
と、いつも入ってしまうのです。たいていは同じ物が売られているのですが、偶にそこにしかない物があったりして、後で後悔なんて事もあります。ここでそういう物は、峠の名前の着いた物だけでした。
 私はジュネーヴで見かけたアーミー・ナイフのニューモデル「サイバー・ツール」の値段が気になって仕方がありません。何処で買ったら最も安いのか、リサーチといった所です。母はカラコロと涼しい音を立てる鈴の音が気に入ったみたいで、すぐに購入していました。何処で買っても同じだとは思いましたが、欲しくなるとすぐにでも買いたいものです。

 峠を越えると、山間からマルティニの街並みと広く開けたローヌの谷が見え、道はすぐに大きなヘアピンカーヴの連続となりました。
 ローヌの谷はヴァレー州を東西に貫き、その左右には幾筋もの谷が切れ込んでいて、葉っぱの模様みたいになっています。そのひとつひとつの谷が昔ながらの伝統を守っており、古い時代のスイスを垣間見る事の出来る唯一の地方です。きょうの目的地チナールも、そんな谷のひとつアニヴィエールの谷の最奥にあります。

 峠を下る途中、ローヌの谷の中央にローヌ川、そして真っ直ぐに伸びる自動車道路や国鉄の線路がよく望め、最後のヘアピンカーヴを曲がると、マルティニの街がすぐ眼下に広がりました。
 前方をのろのろと走るドイツのステッカーを貼った白いキャンピング・カーが道を譲ってくれ、その後すぐにマルティニ最初のラウンド・アバウトに出ました。このラウンド・アバウトを左に行くと、高速道路に直結する道路で、そのまますぐにトンネルに入りました。トンネルを出ると「市街地へ」の標識があり、私はそちらへハンドルを切りました。峠で体が冷えたのか、またトイレに行きたくなっていたので、私たちはマルティニ駅のトイレを借りる事にしたのです。
 駅を見逃さないように慎重に走っていると、ある交差点から左の道の先に見覚えのある国鉄駅が見えたので、私は車をターンさせ、駅に向いました。
 駅前の小さな駐車場に車を停め、駅のトイレを借りました。マルティニは標高476mですから、全然寒くなく、さっきまで寒かったので逆に暖かくさえ感じます。私たちはここでしばらく休憩する事にしました。

 国鉄駅のホームの端っこに、またもうひとつ、モンブラン・エクスプレスのホームがあります。ここがマルティニ−サン・ジェルヴァ間を走るモンブラン・エクスプレスの始発駅です。ゆっくりとした旅をするにはもってこいの鉄道です。

 ここまでの、シャモニ・モンブランからマルティニまでは約1時間。変化に富んだドライヴ・コースでした。途中には、ひとつひとつ訪れてみたい魅力的な村が多く点在していました。

シャモニ・モンブラン駅のモンブラン・エクスプレス

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